●劉慈欣(リウ・ツーシン)「円」読了。帰省した際に暇つぶしにしようと世間で話題の(周回遅れ)「三体」を買いに行ったら、田舎の本屋にはそれが無かったので代わりに買ってきた短編集。噂通り才気みなぎるアイデアの宝庫と言ってよろしくて、一方で繰り返し出てくる下層の庶民(特に中国)・技術への強い指向と同時に在る畏怖というモチーフが独特の泥臭さを出してる。そんな目の前三寸の要素が超越にも程がある世界/存在とダイレクトに結びついてしまう、そういう無茶な飛翔っぷりが良い。大域構造と局所が直結してるってのは一昔前のセカイ系の雰囲気もある、のかな。まあ本作品の場合はセカイ系のように個人/局所側へ偏重してなくて、ある程度俯瞰的ではあるんだけど。

印象に残った作品をいくつか。

・初っ端の「鯨歌」。実際彼の処女作のようだけど、この掌編にイッパツでツカまれたので文句が無い。サンタさんを思わせる鷹揚な好々爺にして無慈悲でビジネスライクなアウトロージジイ、というメインキャラ造形がいいなあ。大物にも小物にも見える重層性をこの短編で描き切ってるのが上手い。

・「地火」。冒頭からの息の詰まりそうな炭鉱労働の描写が圧巻で、そんな状況と労働者たちをなんとか押し上げようとする主人公の技術者の、これまた重い重い道のりが延々と続く。マルチシナリオのトゥルーエンドがすっごくスッキリしない感じ、みたいな終わり方がたまらんかった。

・「詩雲」。人なんかホコリほどにも思っていない超越的存在が漢詩にドはまりし、太陽系規模の超巨大漢詩ライブラリーを構築して古代中国の同人活動にうんうん苦しむ、という話。何となく「庶民的ファストフード喰って旨いですわっつってるご令嬢」みたいなアレを思い出した。

・「栄光と夢」。オリンピックをマジの国家間戦争の代理として実施する、ってネタそこまでだとなんかGガンダムやなって感じだが、グローバルサウスの荒みきったスポーツ状況そのままで米国とぶち当たるという悲惨さ、そしてその不均衡が「実際の国情とパラレルである」という理屈で是認される無常さが心をヤスる。これも全体と局所が直結しちゃったらどういう軋みが出るのだろう、ってカテゴリでもあるな。

・「円」。表題作。始皇帝はともかく、荊軻というひとは知らなかったので検索しつつ読んでたら全然違うじゃん! っての面白かった。秦の百万兵士を使って人力論理回路を構築、ただ円周率のベンチマークをやり続ける…という壮大すぎるアホくささが身震いするほどのナイスヴィジュアルでナイス。

てことで楽しかったです。そのうち何とか三体も買ってきて読もう。