折れた魔剣

ポール・アンダースン「折れた魔剣」読了。アンダースンは「地球人のお荷物」シリーズとかタウ・ゼロとかのSF系しか読んだことなかったのでファンタジィは新鮮。元が1950年代初翻訳が70年代と結構古いお話なのだが、体裁がかなり骨太のファンタジィであるのと「神話伝承のテイストを濃厚に再現する」というモチーフなのでそこまで古く感じない。あーそうね、訳注がやたら詳細で、グリフォンミョルニルのハンマー辺りにも細かく注釈入れてあるってのは時代性かなと思った。今だったらそのままスルーかルビ振って対処するかなってとこだけど、70年代となるとその辺も説明しといたほうがエエかなと思われたりもするか知れない。

物語はエルフによるチェンジリングによって生まれた光と影の英雄二人、その悲劇。敵味方問わず登場人物の一般的な選択肢の一つが「略奪」だったり割と簡単にそっ首飛んだり、血塗られたというかワイルド原理溢れる世界観というか、そんな中の悲劇なのでそれはもう暴力の嵐なのだが、まあベースが北欧とケルトの神話なのでそれはしょうがない。

ライトサイド主人公のスカフロクさん、あとの解説にもあるけれど半神的な出自と折れた剣を打ち直すモチーフってことで同時代のアラゴルンを髣髴とさせるお人である。これはどっちがどうってんじゃなくて共通の神話的元ネタから出てきたもの、と捉えるべきだろうな。しかしかのエレスサール王と違うのはこの人、神話伝承性が濃厚だけあってとにかく危なっかしいのね。アラゴルンは懊悩したり危機に臨んだりしててもどこか安定感と安心感があるんだけど、スカフロクさんの場合は「悪い予感? なあに大丈夫だよだってこの俺が居るんだもん」とかそんなノリで案の定エライ目に遭う。若い頃の能天気とも言えるそんな性格は、後年に至るにつれて陰鬱な諦観が同居しだし、「悪い予言だと? ああそうだろうよしかし今はそれを利用するしかない」とまあそんな感じになってくる。

元が悲劇で運命の話だからしょうがないとも言えるが、同時に「運命は避けられずともそれに抗うことは無意味ではない」ってのも通低してんだよね。決して明るい終わり方ではないが、それでもスカフロクの最期には英雄性と美しさがある。…まァこの悲劇の原因は彼の「二人の父」ではありますけどね。人間の父オルムが略奪行為やらかしてなきゃ魔女からの恨みを買わなんだやろし、エルフ側の父イムリックが取替え子なんかやらかさなきゃこんな悲劇も生まれなんだと。でもまあ、世の中ってそんなもんである。

一方のダークサイドはヴァルガルドさん。呪われた出自と陰惨な経歴もてダークヒーロー街道をひた走るお兄さんで、折に触れて自分の運命を嘆いてはその思いを奥歯で噛み潰す、というなかなかオイシイ役どころ。多分今だったら彼の方がファンが多いとかそんなんじゃなかろか。青年期にやらかした身内殺しの時の戦斧を生涯ずっと振るい続けてその名前が「弟殺し」、ってのもなかなかカッチョイイ。

上でも触れた解説に大御所井辻朱美。かなり情熱的に本作を称揚しており、それは青春時代にガッツリ本作と関わったからってことですが、いやあその感覚はよく判る。人格形成期にぶん殴られた本ってのはナンボになっても冷静じゃいられない情感が湧くことですものね。確かにコレをガキの頃読んだら入れあげるやろなあ(お嬢さん的にもウケそうだし)、と思ったっすよ。うん。