刀語/銀魂/デュラララ

●新番組・刀語。月1回1時間放送というちと特殊な形式だが、作品の質や量を鑑みてこういう形式もアリっちゃアリかな、と思う。でも個人的には「隔週30分」の方が視聴が溜まらなくてエエんだけどね。まァ1時間ガッツリ見られる、っちう良さもあるだろうけれど。


んでもって、本編。刀を使わぬ剣術使いにして世間知らずの朴訥男と、お国の命により裏方としてヘンテコ刀を集めて回っている「奇策士」のお嬢さんの物語。…って、これも西尾維新が原作か。本編を見れば確かに、持ち上げといて落としたり定番要素をヒネって使用したりの饒舌なダイアローグで満載である。今んとこ状況の楽しさと先への期待でワシはそれほど気にならないけれど、それでも「あー、これは演出に苦労しとんな」てなシーンがいくつかあったりしてね。絵コンテ切るのも大変やろな…化物語と違って「ヴィジュアルコンシャスな絵面でダレ場を持たせる」てな方針と違うからねえ。


お話の方は…っと、全国に散らばった奇矯で強大な十二本の刀を集めて回る、っちうガキ臭いギミックがまずエエなあ。単純にワクワクしまさァね。その所持者の真庭忍者やら剣士やらでもいろいろとネタを仕込めそうだし、とりあえず一発目の今回でも鈴木千尋のキモい忍者さんでかなり満足。「異様に丈夫」という直刀は少々地味だったが、まあこれは今後に期待。…何となく「ジパング」を思い出したりしましたが。


主役二人の能力はチラッと垣間見えた程度だが(特に田村声のトガメさんは割とエエとこなしだったな)これから色々と語られてくるのだろう。刀使わない剣術ってただの格闘技やんけ、っちう引っかかりをそのまんま流しちゃう辺りはこの原作者らしいなあとは思うけどね…最後までその辺語られざる、っちうのもありそうな気はする辺り侮れない。


絵の方は流石に手間隙かかってて、動きもダイナミックだし殺陣も面白い。多分原作準拠なのであろう独特のキャラデザインは、そのシンプルかつキャッチーな雰囲気がかなりワシ好みであってエエな。こっちではカプコンの「パワーストーン」のデザインを思い出したりして。シンプルなだけにある意味技量の要りそうなデザインだけど、是非バンバン動いてって欲しいものである。


てことで、向後も楽しみに。…あと題字が平田弘史。おっさん、あいかわらず色んな仕事してんなあ。


銀魂193話。女衆たちの料理教室の巻…ではあるけれど、まァそのやっぱりというか何というか、ちっとも料理してくれないどころか普通の「料理ネタ」にすらなってくれない御一統さんである。Cパートまでありの三部構成の回だったとは言え、実際に料理することになるのがBパートも半ばに入ってからという体たらく。料理するまで(いや、それ以降も)基本的にずーーーーっと女衆たちでボケにボケっぱなし状態であり、いやホンマ今回は唯一のツッコミたる新八っつぁんがかわいそうでしたよ。最後にはボケに帯同しちゃったけどさ、頑張ったようん。


料理ネタってことで、ワケの判らんドリフネタチャーハンを「実際に」調理したのは何というか、実に燃費の悪いギャグ作りで感心しつつバカだなあと思う。多分これ原作の尺が足らんかったからでしょうけど、シメ方までドリフで統一した妙なこだわりが蛇足っぽくてなんか良し。エエのか? うんまあ。


…あとはCパートの終わる終わる詐欺ネタですかね。カウントダウンまで入ってどうやらマジそうだが(多分現場もそのつもりなんだろうが)…まあ、この作品のことですからねえ。どうなることやらですわええ。


デュラララ!!・4話。首なしライダー・セルティさんとその相方の舞台設定説明話。首と過去と記憶を失ったデュラハンのセルティさんは、その三つがない交ぜになったモノを追ってケルトの地からジパングへとやって来る。登場人物たちどいつもこいつもどっか変態くさいこの作品において、このセルティさんが最もフツーな人格してそうなのが何やら面白い。「大事なものを失ったこと」がその普通さの原因でもあろうか。モチベーションの存在が人間性をもたらしているという面もあり、あるいは…失った部分に異常性が多かったのか、とかね。まいいや。


上記の如く説明モード、物語が動いたり事件が起こったりはしない回である。アニメとしてはやはり少々かったるいというか、ちと情報量をもてあましてるような気配もするんだけど、原作付き作品としてはまァしゃあないか。それでも好青年に見えてラストで妙に粘着チックな行動を見せる相方の人とか、セルティさんとの初見で解剖しちゃうそのお父んとか、妙なフックがそこそこ多くて見てて飽きなかったですけどな。あと乳首券発行済み。…なしてこの作品で? 首が無いからエエのか?


喋れないセルティさんの「声」に…ああ、やっぱ沢城みゆきの人がそうだったのか。雰囲気としては充分にフィットしているけれど、しかしこれは制作側としても思案の末のことだったのだろうな。ずーっと声なしのまま(あるいはピンポイントでキモとなる一言二言のみ声アテとか)という演出方針もあったろうが、やっぱそれはムリっちう判断だったのだろう。個人的には文字会話のみでどこまで「ヒロイン」として立てられるか見てみたかったような気もしますが。