要らんこと考えながらメシを喰う

●fishyというのは「嘘臭え」って意味である。魚はどうやらそういうシンボリズムを持たされているらしい。怪しげなもの、人間的ならざるもの、論理の通じないもの。確かパトIIでも無意識の象徴として魚を使ってたのでしたっけ。


人ならざるものというニュアンスで、そのまま負のイメージを無くすと神性となる。実際キリストさんは魚に喩えられることが多い。ギリシャ語でキリストが何たらかんたらという文の頭文字をとると「魚」になるからだとか言うが、それは多分副次的な要素だろう。もとからあの辺では魚は神性を持っていたのだ。…主に多産と豊穣の象徴だけどね。


良い意味にせよ悪い意味にせよ、欧州圏において「魚」という言葉にはあまり感情的なものは付与されない。それは要するに、魚という存在に馴染みのない人々が多かったということだ。よって魚魚魚で暮らしてきたワシらにはそんなシンボリズムは希薄なワケで、いやそら確かに「魚の死んだような目」とか言うけどそれはそれで。あとマグロ女とか言うけどそれはそれで。


だって魚って旨いもんね喰ったらさあ、元がどんなもんだろうが食のお付き合いしたらシアワセ極まりねえお魚さんに情感が乗っからないスジは無いじゃないか。なあ。と見切り品のカツオのタタキをおろし大蒜と大葉のポン酢で喰いながら思うワシであった。うーん、ごっそさん。


●ウチからちょっと行った所にでけえ病院があって、その前にはやはりでけえお池がある。お池の中にはこれまたでけえ鯉やら亀やら。眺めてると面白いので時々見に行くのだけれど、観察しようとお池のそばまで行くと鯉や亀がわらわら寄ってくんのね。多分アレだ、ヒマをもてあました入院患者さんたちが餌やりまくってんだろうな。ワタシは何も食糧を持ってないのでただ見てるだけだが、すると鯉の人は「何でェ冷やかしか。素人が」って感じで去っていくのさ。「ケッ」てな悪態が聞こえてきそうな素振りであって、絶対あいつら感情があるよな。悪うござんしたね手ぶらでね。


(保護者の方へ・動物行動学において対象の擬人化には慎重な対応が必要です。生物に対しては冷徹かつ冷酷、虫けらを見るが如き態度を心がけるようにしましょう。面白おかしい物語は正確さの面から言って不適当です。本棚のコンラート・ローレンツなんか捨ててしまえ! そんでそれはワシにくれ!)