たまこまーけっと/新世界より

たまこまーけっと・2話。心ウキウキヴァレンタインであり商店街もこの波に乗らねばならないのである。…頑固な父が最初は反発するも最期には照れ隠しつつ認めるに至るとか、お隣同士の幼馴染がケータイも使わず通り越しに糸電話でお話しするとか、「お義父さん!」「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはねェ!」とか、最後の最後でアイリスワイプしぼってオチとか、…1話の時にはウカツにも見逃してたがこれ全体的に古いな!

昔のアニメというよりはむしろ、高度成長期ちょい前後の下町連続ドラマを目指してる趣といおうか。つまりまあ、「現実的なリアルさからフリーである」という意味合いにおいて、これも一種のファンタジィなんだろう。ものすごくカッチリとした脇キャストの採用ってのも、訥々としたリアルな演技プランとは間逆の雰囲気を求められるファンタジィ、として見ると納得もゆく。ちょいとオーバーで(ヤな言い方すれば)作り物っぽい演劇っぽさを、違和感無くご提供できるキャスティングってのがあの面々なワケだ。

当然それだけではただの古臭いノスタルジイなんだけど、京アニがやるってことで自ずと現代的な諸々が乗っかってくるのであり、そのアンサンブルをどう面白がってゆくか、って辺りも狙いとしてあるのかしらね。…そういやあのミドリさんの思い人ってあれ…たまこさんなのかな。百合ん百合んは現代的な要素…ってワケでもないか。

第1話の時もそうだったけど、慌てたりウロ来たりした時のヘン顔たまちゃんがなんかかわいい。ワシはあんまし見てなかったけど「日常」での経験値が生かされてたりしてんのだろうか。いや、ウサギさん姿も充分かわいいけどね。

新世界より・15話。サキご一行は懐かしのスクィーラ…今は改名してヤコマルと名乗る例のおっさんネズミの助力を得られるも、相変わらずどこか油断のならないお人であるのは変わらない、っちうかその政治的「胡散臭さ」は加速しているキライがある。女王をロボトミー処置して権力を奪っているエピソードは象徴的なものであろう。ま、でも、ヤコマルさん側からすればやらなきゃならんことではあったろうなあ。それに関してサキたちが異を唱える謂れは無い。無論、サキたちの側に被害が無い上でのことではあるが…。

ヤコマル(スクィーラ)さんの重曹的なキャラ描写はなかなか面白いよね。原作ではどういう雰囲気だったのかは判んないけど、アニメにおいては初っ端からある程度の胡散臭さ/油断のならなさを纏っている。これ、そのまんまであればのちのち反逆してくるタメと見るべきでしょうけども、さあてどうなるか…最後までこのまま、胡散臭い様子のままでちょこちょこ手助けしてくれるキャラでもそれはそれで面白いけどね。

…っと、話の目的はマモルさんとマリアさんでした。このまま逃げおおせてもあまり明るい未来は見えてこないことだなあ。この作品のカラー的にもねえ。