虐殺器官

伊藤計劃虐殺器官」読了。ちょい未来の世の中にて、ただそこに居るだけで虐殺のタネを撒き散らす謎の男を追う特殊部隊が主人公の物語。ジョン・ポールという何だか聖職者の親玉みたいな名前の、「虐殺の王」の意図は何か。っちうね。


設定も道具立ても舞台も日本以外なのだけれど、やっぱり日本の小説だなあって思った。どこがと言われるとちと困るが(ジョン・ポールなら答えてくれるかもしれない)、登場人物のキャラ造形や物語の展開にある日本風なウェットさ・ナイーブさのせいかしらん。あるいは主人公のクラヴィスさんの一人称が「ぼく」だから、っちうそんだけの理由かもしれませんがね。


敵役のジョンさんはかなり特異な人物ではあるんだけど、ちょっとそのキャラはつかみどころが無かったな。いや「つかみどころが無い人物だ」という設定なら別に全然構わないが、クラヴィスさんなど他の登場人物が理解した風情ほどには何かハッキリしないな、という。何万何十万という人を葬ってきた男だが、あくまで正気で思慮深い…という辺りが最後まで違和感があった。部分的にでも狂気であるという設定にしておけば違和感も無かろうが、それではキャラが薄まるか。というより、そういう齟齬自体がこのジョンさんという存在のアイデンティティでもありそうだ。…小松左京の感想で彼と彼のメソッドについてもうちょっと見てみたかった、ってェのは判る気がします。まあそんなことつらつら考えてしまうくらい、この人物の印象が大きかったってことでもありますわね。


…ジョンさんの目的が、「恋人のため」という中二的な矮小さと「人類のため」とかの誇大妄想悪役っぽさの真ん中辺り、中途半端な大きさなのは何か妙な現実感があったな。一見似たような決断をしたクラヴィスさんの、実は何から何まで真反対な意識の対比がよし。


近未来のミリタリ描写は流石に充実してて、ディタイルたっぷりで面白い。要素の解説がちょっと懇切丁寧過ぎるかなとは思うけれど、いろんなガジェットが出てくるだけでワシ割と満足。「痛みは感じるが痛くはない」という感覚フィルタリングはある意味この作品の象徴的ガジェットなんだけど、これ地味にエゲツないよね。いっぺん処置されて体験してみたい、とかちらっと思います。


てことで、なかなかおもろかったです。「ハーモニー」はどうなんだろ。見つけたら買ってみようか。…しかし、もうこの人の本は永劫出てこないてのは…本当に、悲しくらいに、残念だなあ…。