宇宙創成

サイモン・シン「宇宙創成」読了。この作者の科学ノンフィクションは「フェルマーの最終定理」と「暗号解読」を既読でして、生真面目で真摯な語り口と構成に好感を持てる作家さんだなあ、てな印象。そこにきてこの本、解説にもあるとおり一見「ちょいと手垢っぽい題材やな」という印象ではある。今までが多少マニアックな…そのまあ、詳細な論理構築を要求されるようなジャンルのものだったのに比べるとね。


実際、最前線のダイナミックな宇宙論! なんてェのを期待して読むといささか肩透かしではあろうなあ。なんせクライマックスのシメが宇宙背景放射の揺らぎによるビッグバン理論の優勢化、ですもんね。インフレーションですらエピローグに入ってから言及されてる程である。


これはまあ、サイモンさんの一連の著作のカラーなのだろうな。今回の著作で言えばその主眼は宇宙論そのものではなく、既作品と同じくそのジャンルの歴史と展開、特にそれに関わった個々人のドラマなのである。その点に関してはぬかりはござんせんな。解説で言われてたルメートルの再評価も興味深かったが、アチシ的にはやっぱライルさんのドラマやろか。


マーティン・ライルはケンブリッジの雄、当時の新興ジャンルである電波天文学の旗手。彼は強力電波源…クェーサーの正体をめぐってホイルやゴールドらと大論戦し、決定的な証拠によって自分の理論の敗北を知りさめざめと泣き、その後も執拗にゴールドたちの理論を粉砕しようと泥仕合を繰り広げる。…これはある程度ゴールド側の、あるいはサイモン・シン側からのフィルタもあるのだろうが、実になんちうか、人間くさくてよいなあ。


定番、フレッド・ホイルのおっさんの活躍もエエわね。定常宇宙論最大の論客にしてヘンコヘンクツ、舌禍と勇み足なら任せとけ! な喧嘩ジジイ。いろいろとアレな面はあるものの、何だかんだで割と人気者(ビッグバン論者からも)なキャラは見てて楽しい。あとは…そうねえ、ツビッキーの紹介が結構ひどくて笑ったりした。この描き方だと業界の鼻つまみ者にしか見えぬ上に、ポートレートのチョイスがまた、いかにも「絡むぜェ〜揚げ足取るぜェ〜」っちう顔の写真なんだよなあ。本人生きてたら裁判モノじゃなかろか。


てことでまあ、実際楽しい本ではあったし、著者の所期の目的はきっちりと出てたのではなかったかな、と。しかしやっぱ、宇宙論の本としてはイマイチ喰い足りない感じなのも確かではあった。ま、とりあえず次回作も楽しそうなので、早速翻訳していただきたい。ほれほれ。