量子真空

アレステア・レナルズ「量子真空」読了。前作「啓示空間」に引き続いてのド迫力な厚みを持つ本ですよ、ってのはすでに述べました。いやホンマ、その外見印象に違わず内容の詰まり具合おかずの多さ具合は相変わらず。かなり濃厚な読書時間を過ごせましたですよ。


かなりめんどくさい描写も多いものの、話のスジ自体はそんなにめんどうではない。物語が主に3つの視点より描かれ、そしてそれらが融合してゆく…っちう構造は前作と共通やね。前作より引き続き登場のコワいお姉さんペア・クーリ/ボリョーワ組、ちょいとヤバ目の運送業者・アントワネット/グザビエ組、そして連接脳派と言われるなんだかヘンテコなスーパー人類たち、の3組の視点。


注目は連接脳派の主役扱いたるクラバインさんですかな。全編通してこの人ほど読者が感情移入しやすいキャラは他に居ないだろう。歴戦の戦士であり卑劣な裏切り者であり恐るべき改造人間であり孤独な老人であり、そして最も人間らしい情緒と優しさを裡に秘めた男である。とにかくクラバインさんが出てくれば話の流れがすげえ安定化するのな。そういう全体のヘソっぽいキャラ要素って前作には希薄だったので(皆さんが主役とも言えるけれど)、その点においてかなり読みやすくはなってます、かね。


それにしても盛り込まれたガジェットやアイデアのバルクは前作にも増してすさまじい。相対論的速度での追っかけっこではどのような攻撃が効果的なのか、そしてその防御はどうすべきか…っちう一連の戦術合戦は燃える燃える。超絶テクノロジな敵であるインヒビターさんの「星系解体方法」、まず岩石質惑星をバラして超巨大電線を作り、ガス惑星に巻き付けて惑星サイズ電磁石にしてぶん回し、遠心力でこれもバラして兵器の材料とし…とこれだけデカいスケールの描写をガッチリと描けるのは相当だ。


そんでもって禁断の「慣性制御航法」が出てきまして、それがらみのドラマも面白いんだけど、乗ってる人からするとすんげえ不快な航法ですよ、っちうネタが面白ございましてね。


抑制場でもって慣性を1/5にすればそらもう大速力が出るのだけれど、その場の中に居れば身体構成要素の慣性も1/5なのであり、眼球の動きは制御できねえわ三半規管内のリンパ液の慣性減少で延々と吐き気はするわ血液もアホほど流れるので心臓がどーにかなっちゃいそうだわ、でもう大変。かといって場の外に出れば5Gの大加速で起き上がることもできねえ、という。…連接脳派さんたちは人体改造でなんとかしのいだりしてんのですが、このあたりの描写の「見てきたようなウソをつき」具合は作者の真骨頂ですわ。


…文句は無いでもない。主に訳文に疑問が…ってこれまた前作よりの引継ぎ特徴なのだけど、キャラごとの文体のバリエーションぶりがちょっと過剰なんだよなあ。上記インヒビターさんはほぼ純粋知性のAIみたいなものなんだけど、なぜか「…なのじゃ」っちうジジイ口調。非常に古い存在であるという意図なのかもしれないが、どうもその、「無機質な恐ろしさ」というインヒビターの特性からすると肌触りが違うよねえ。うーん。


ま、この絶望的な世界/宇宙にて登場人物誰もが内に闇を抱え割り切れぬ自らの立場を思い、それでも何とかやったんねェん! というヤケバチな前向き加減は十分に堪能できました。何だかんだあっても全く諦めない、粘り強くてコシ強い人々がこの作者のミリキではありますな。その厚さに見合ったエンタテイメント性は十分でした。