撃墜王

てなワケで読み始めた、P・クロステルマン「撃墜王」を読了。自由フランス軍最大のエース、クロ・クロさんはいかにしてこの激烈な戦闘を生き残りしか…の一代記である。そう言うと何やら重っ苦しい本のようだけど、初っ端はあんましそうでもない。ハイソな高級クラブへ繰り出して大騒ぎ、MPが押しかけてくる寸前に逃げ出す悪たれパイロットどもとか、近隣の農家へ(スピットファイアを駆って!)卵泥棒に出かけるとか…歴戦の古強者にしてはいちいちやることがガキくさくてよろしい。訳文の一人称が「僕」なのも軽妙さに貢献してるように思う。


が、戦局が進むにつれてやっぱし疲弊してくんだよな。僚機僚友はどんどんと失われ、補充される新兵たちはそれ以上の加速度でもって散ってゆく。睡眠も休息も無く、三重の手袋を通しても染み込んでくる高空の寒さの中、いつ終わるとも判らぬ殺し合いを続ける毎日。


とーとー精神を擦切らせ一旦フランスへと戻るクロステルマンだが、そこで出会うのは「お前らヒコーキ乗りは気楽でエエのォ、ワシら国民の苦労も知らずにのォ」という謂れのない白眼視。そんな祖国の状況に心底嫌気がさしたクロさんは、アレコレと策をめぐらしてまたぞろ辛い戦場へと戻ってゆく…という。むー、ランボー症候群であるなあ。


パイロットならではの戦場描写は読み応えがありますな。攻撃対象のパイロットのゴーグルさえも見えるような近接戦闘をしたり、地表スレスレを飛びつつ樹木に機体を引っ掛けた衝撃で操縦桿から手をもぎ取られたり、着陸失敗してタールの塊みたいに焼け焦げた戦友の死体を見たり、敵軍エースのノヴォトニーの死を仲間みんなで悼んだり…とね。


あと、敵ドイツのヒコーキさんの描写も細かい。Ta152とかMe262とか、あの辺の戦争終盤の高性能兵器に悩まされ続けるってのがなんかすげえなあ。何となく見るのも稀なビックリドッキリメカたち、てな勝手な印象があったもので。ま、そんだけ重要な最前線に居続けたクロさん、ってことなんでしょうけどね。…尾翼が十字で頭とケツにプロペラ付けて、アホみたいな速度で逃げてったあの飛行機は何だったんだ! と驚いて、基地の情報部で「どうやらDo335ちう新兵器のようよ」と教わった、てなエピソードが面白え。


原題は「大サーカス」。「ライオンが調教師を餌にしてしまった」サーカス(第二次大戦)を、クロステルマンは生き延びる。命がけの茶番、血肉通う人々によって構成された無意味。空戦と文筆の技量に恵まれた、今様文武両道なこのおっちゃんが、ただこの文章を残せたことを良しとすべきか。…そういや安田の大サーカスにもクロちゃんって人が居たなあ。ひょ、ひょっとして元ネタはここからか! (違うと思います)